アクセレーターとトリム

 今回はアクセレーターやトリムと言った迎角を変化させるための装備について、その正しい使い方や活用方法、注意事項についての解説を進めて行きましょう。


 歴 史

 今でこそ一般的な装備品となったアクセレターですが、初期には違うシステムも存在していました。何故それらが一般的な装備でなくなったのか? それらの長所短所を踏まえながら、現在のアクセレーターに至った進化の過程を大まかにお話しします。ご存じの通り特別な装備のないパラグライダーは、ハンググライダーのようにコントロールバーを操作することで迎角を変化させることができません。つまりパラグライダーは一定の迎角により速度やフライト特性が決定されているのです。このことはパラグライダーにとって操作の簡易性と飛行の安定いう大きな飛行上のアドバンテージをもたらします。そのメリットとデメリット、つまり飛行中の安定性と(ハングのような)速度変化による特性の変化ができないジレンマの中から新しいアイデアが生まれてきました。しかし迎角を変えることで失う安定性、つまり飛行特性の変化を正しく理解し対応できるパイロットには、そのデメリットが大きなメリットになるわけです。当時は迎角を変化させる装置は一般的な装備ではありませんでした。
 初期の頃、比較的実用化が早かった装備にセレット式があります。この構造はライザー自体がハーネスのベンチと一体になっており、パイロットの前後の動き(ピッチ)をベンチ→ライザーと伝えて迎角を変化させる仕組みになっていました。左右の体重移動と前後の動きを組み合わせたシステムは、革命的操縦方法として多くの進歩的なパイロットに受け入れられました。しかしパラの性能が年々向上する中で、パイロットの無駄の動きにもパラグライダーが反応して不安定挙動をパイロット自信が作り出すという皮肉な結果になりなした。こうしてDHVやSHVなどのパラグライダー安全基準に適合させる中で、セレット式は次第にマーケットから消えて行きました。
 トリム式(ピッチコントロール)がマーケットに出始めたのはこの頃です。基本構造はリアライザーに取り付けられた調節金具で、リアライザー長を変えることで迎角変化を行います。操作はリリースボタンで延ばし、標準状態にもどす時には手でウエビング(帯)を引いて行います。好みの位置でロックできるので、セレット式より安定したフライトが可能になりました。しかし極端な挙動変化を起こした場合、瞬時に初期設定に戻せない。さらに予測できない挙動を示したり、開傘時のショックで左右アンバランスになるなどのケースが報告され、安全上の理由から標準的な装備から、限られたパイロットのための装備になって行きました。
 こうした試行錯誤の末に完成されたのが、現在のアクセレーター式です。細かな構造差は別にして、基本的にフロントライザーから延びたラインを両足で踏み込むことで迎角を変化させる仕組みです。不安定な状態にパラグライダーが入っても足を離せば通常状態に戻り、微妙な調整も可能です。もちろんDHVやSHVなどの安全基準も問題なくクリアーできます。アクセレーター式により飛行特性の変化を自由に安全に行うという大きな課題がクリアーされました。競技会などの特殊な場面では、アクセルとトリムを併用しているパイロットを見かけますが、いずれにしろこれらのシステムのメリットとデメリットを十分理解して使用することが大切です。


2 アクセレーターとは何か

 アクセレーター(あるいはアクセル)とは、手持ちの辞書に因れば「加速させる装置」となっています。例えば自動車なら速度を上げたい時にアクセルを更に踏みます。その結果エンジンの回転数が上がり速度が上がります。この場合動力としてのエンジンが搭載されていなければなりません。それではパラグライダーで速度を上げるには、どうしたら良いのでしょう。一般的には2つ方法があります。1つ目は重量を増やし翼面加重増やすこと。もう1つは翼の迎え角を変化させる方法です。これらの考え方は「対気速度」を速度として考えています。
 はじめの方法では、翼面加重を増大させることを目的としますから、ワンサイズ下のグライダーを選んだり、水などのバラスト(重り)を搭載せることで調整するもが一般的です。特に近年の競技会ではスピードを重視するタスクが主流で、参加しているコンペティターの多くが異常なまでの量のバラストを搭載しています。この影響は一般フライヤーまで及び、大きなバラストを積んでフライトするのをしばしば見かけます。しかしこの傾向は、パラグライダーという一般的であってほしいスポーツを、一層特種なスポーツにしてしまう考え方であり行為であると私は危惧しています。
 もう一つの方法がアクセレーターです。現在の形にたどり着く過程は説明しました。アクセレーターの優れている点は、(理論上では)迎え角を自在に変えられる点と瞬時に標準セッテイングに戻せる点です。これ以降は一般的な装備になったアクセレーターに絞って話を進めることにします。


3 スピードとは何か

 フライト中に他機の速度差を感じ、速い遅いとスピード談議に花を咲かせる光景をランディングでよく見かけます。個々のパラグライダーが持っている対気速度であるスピードは、そのグライダーが設計され実際に運用される時点で定められています。
個々のグライダーの速度に対する性能は、速度と沈下率を表したポーラカーブで知ることができます。このポーラカーブを十分理解することは、スピードを理解する上で非常に重要なのです。


4 バラストを持つことの意義

 ポーラカーブ(図1)が示すように同一キャノピーで翼面加重が上がった場合、飛行速度が上がりグラフは右下に移動します。同時に最大速度が上がるに連れ失速速度も沈下速度も速くなります。強風時には有効な手段で、フライト中に風が弱くなったり浮きが弱いと感じたら空中で放出することで調節ができる。再び補充することはできないが… またランディング時の着陸ショックを和らげるためには、軽くしておきたいところだ。
 同一グライダーの速度は翼面加重により決定される。例えば翼面加重が10%増えた場合110%=√1.1=1.048…となり約5%の速度が上げられることになる。80sの飛行重量のパイロットが25uのパラグライダーを使っていると仮定する。翼面加重を10%上昇させるためには+8sのバラストが必要で、それによって得られる速度は+5%で36km/hの飛行速度なら37.8km/h。速度を僅か1.8km/h上げるために、8kgのバラストというリスクを背負うのです。競技会では勝利のために必要なことですが一般的なフライヤーが日常バラストを使用することは疑問です。


5 ポーラカーブを意識したフライト

 ポーラカーブを説明するとページがいくらあっても足りませんので、基本的にはポーラカーブを皆さんがある程度理解しているという前提で話しを進めます。例えば図  のポーラカーブをもつパラグライダーでは、アクセレーターを使用しない限り速度の変化域(フルリリースからフレアーまで)は4m/sしかありませんが、一般的なフライヤーには十分な速度域と言えるでしょう。
 しかしA地点からB地点の移動を効率良く(1秒でも速く・1mでも高く)フライトしたいと考えた瞬間、パラグライダーに別れを告げ滑空機としてのフライト技術と理論を修得しなければいけません。同じパラグライダーで同じ空域を使っていても、全く違うスポーツであると言っても過言ではありません。普段の生活の中で、私たちは失敗や経験から多くのことを学びます。しかしこれ以上(フライト中には空中にいるというリスク)余分なリスクを負うことは避けなければいけません。そのためにしっかりした理論が必要なのです。


6 移動速度とはなにか

 空中では一般的に大気速度を中心にフライトしています。効率を第一に考えるのであれば、対地速度と沈下率が重要になります。つまりいくら高度を上げても目的地に全く近づいていない状況も考えられます。しかし高度はエネルギーであり目的地に辿り着くための確実な手段となる訳です。しかし必要以上の高度の獲得は、効率的なフライトと言う観点からすれば無意味なことを上級パイロツトは知っています。
 革新的技術、GPS(グローバル・ポジショニング・システム:衛星を利用して位置・高度・速度などを計測するシステム)の普及で、かなり正確に自分の状況を知ることができるようになりました。またそれらを組み合わせたアルチバリオでは、ポーラカーブから最適な移動速度や自分の位置が表示され、計器飛行の可能性が大きく開けています。
 

7 「アクセレーターを踏む」練習の重要性

 いつもアクセレーターを多用しているパイロットにとって特に難しいことではありませんが、ビギナーパイロットにとっては緊張の瞬間です。安定した対気と充分な高度があることを確認してゆっくり踏み込みます。この時の対気速度の変化に注意しましょう。スピードメーターを持たなくとも体感(ラインを切る風や顔に当たる風など)で変化が分かるようにならなければいけません。沈下率についてもバリオメーターの数字とその時の変化と、踏む量とそれによって変化するアクセルの重さを確認しましょう。
 次のステップではいろいろなバリエーションの風の中でデーターを集めます。この時は対気の安定度に関わらずアクセルバーの重さを常に一定に保てるようにします。強風の場合は大気の上下の流れを含んでいる場合が多くあります。パラグライダーがその流れに敏感に反応している中でアクセルを使用すること自体が、ピッチングを増大させる原因にもなります。当然ピッチングの状態に合わせて、アクセルのテンションは緩んだり張ったりします。その中でキャノピーの挙動を安定させつつ得たい大気速度と沈下率を確保しなければならないのです。


8 どう練習するのか

 アクセレーターの使用の練習で最も理想的なのは同じ目的を持ったパイロットが競い合うことです。と言っても青筋立てて競うのでなく、勝手に仮想目的となるパイロットを捜して追い掛けて飛ぶのです。常に前を飛んでもらい(?)アクセルの使い方やルート・タイミングを盗むのです。先行するパラグライダーが大気の状態も教えてくれる訳です。私自身もフリーでフライトする時は、この練習方法で遊んでいます。中級機で高性能機を追いかけ回した時の爽快感は格別です。ただし相手には全く競っている意識がありません。くれぐれも誤解の無いように。


9 いつ・どう・アクセレーターを踏むのか

 仮に上昇より移動を優先させるならばアクセレーターを常に踏み込んでいる場合もあります。また上昇風帯ではセンタリングするより、アクセルから足を離し低速で飛行する方が効率の良い場合もあります。下降風帯に入ったときはアクセレーターを使い速度を上げていち早く抜け出さなければいけない場合もあります。
 パラグライダーの厄介なのは大気の状態がハッキリ分からないまま、予測の中でいろいろな判断をしなければいけません。サーマルソアリング中では自分自身が上げきったと判断したら、直ちに次の目標目がけて一気に進むことです。その時のアクセルの使用方法は千差万別。バリオと速度との駆け引きになります。


10 緊急時のアクセレーターの使用

 ポーラカーブを十分理解しているパイロットならば、フライトの効率を高めるためにアクセレーターを使用することは容易ですが、一般的には吹き抜けや強風時のエスケープのためと理解しているパイロットが多いでしょう。現実的にもそれらの条件にだけアクセレーターを使用しているパイロットも多いはずです。
 しかしそれらの条件下での使用は、あくまで緊急時の離脱のためで、離陸前からアクセル使用を前提とする「着けているから安心」的な考え方は大変危険です。「レスキューパラシュートを持っているから安全」的な考え方によく似ていませんか?


11 アクセル使用時の注意点

(1)ゆっくり踏み込む
アクセルを急激に踏み込むことにより、迎角が急激に下がるのは潰れや不安定な挙動を引き起こす原因になります。アクセルはゆっくり変化を確認しながら引き込む。
(2)ゆっくり戻す
引き込むときに注意したことは、戻すときでも注意が必要です。変化を確認しながらゆっくりと戻す。
(3)左右のバランス
個人で力の出しやすい利き足がありますが、左右のバランスに注意しましょう。バランスの悪さは思わぬ不安定挙動を引き起こすことがあります。
(4)コントロールラインのテンション
不安定な挙動を予測しながら、左右のコントロールラインテンションに神経を集中しよう。コントロールラインは、パイロットに貴重な情報を与えてくれるセンサーです。
(5)アクセルのテンション
不安定挙動に入る時は、アクセル(ライン)のテンションからも知ることができます。アクセレーターはon/offのスイッチ的な使い方でなく、状況に応じた微調整が必要です。コントロールライン同様に細心の注意をはらおう


12 ローター等の発生時は特に注意

 基本的にはローター等が発生している条件下では使用するべきではありません。致命的な潰れに遭遇する可能性があり、2次的に起こる大きなバンクを伴った潰れに因る旋回にはこんな状況から引き起こされますケースがよくあります。それを承知の上で使用しなければならないときは、とにかく慎重に!


13 使用時にローター等に遭遇した場合

 この状況では必ず何らかの情報がコントロールラインを通して送られてきています。希に瞬時に起こることもありますが、この場合の多くはフロントタックと言われるAライザーを急激に左右同時に引いた状態に入ります。さらにその後に予想ができない挙動をを起こしますので注意が必要です。その状態からの回復には技術が必要ですが、まず始めにアクセルから足を離すことです。


14 アクセレーターのセッティング

 アクレレーターのセッティングは確実に。ハーネスを付けてアクセレーターとライザーを接続。この時ハーネスに絡んだり、正しい場所を通していないと確実に作動しません。最近の傾向で凝ったアクセレーターが増えています。正しい装着を心掛けましょう。少し面倒ですがハーネスとパラグライダーを繋げたままにしておくのも良いアイデアです。
 またキャノピーやハーネスを変えた時には、必ずシュミレーターで再調整をすること。引き込み量や角度などモデルによる違いがあります。実際に使う時に慌てないよう、事前に確実なセッティングをしておきましょう。


15 翼端折りを併用しよう

 ローターや不安定な条件下でアクセルを使用しなければならない時は、翼端折りとアクセルを併用しましょう。翼端折りで翼面加重を増やすことで乱流に対して強くなり、アクセル使用時の不安定挙動を抑え安定したフライトが可能になります。ただしこの時の滑空比の低下は非常に大きくなります。


最後に

 アクセレーターの装備により、飛べるコンディションのバリェーションが増えたと同時に、飛行の可能性も広がりました。しかしどんな風にも対応していないことは文中で何度も触れてきました。くれぐれも使用を前提としたフライトは謹んで下さい。



番外 「ホントにあった恐〜い話し」

 時は1996年7月5日。毎年行っているヨーロッパ:インスブルックツアーでの話しです。エリアはDHVテストフィールドでお馴染みのアーヘンゼー。午後からフェーン(南の強風)警報が出ていたので一番北にあるこのエリアを選んだ。午前中にフライトを1本済ませ、「午後は飛べたら良いな」程度の気持ちでテイクオフへ向かった。少し奥まった所にあるテイクオフではこの時点でほぼ無風。勇んでKさん他1名のパイロットが飛び出した。「危なくなる前に早めに降ろす」という打ち合わせがあったものの、マイルドなサーマルが多く発生する中、センタリングを行ううちに1.000m近くゲインし対地高度で2.000m以上に到達。こうなると対地速度の確認は目視ではできない。GPSはこんな時でも地上の移動速度が分かるので最近流行していますが、当然KさんもGPSの10Km/hの表示を確認している。ランディングに向かおうとアクセルを踏み込むと表示は2Km/hへ減少した。?????。Kさんの頭の中は?マークで一杯です。
 皆さんは直ぐにお分かりのことでしょう。彼は後ろ向きに10Km/hでフライトしていたのでした。地上での移動速度を表示するGPSは、方向に関係なく後退するパラグライダーの速度を表示していたのでした。その後「く」の字になっている湖の頂点を結ぶ形でフォローを背負ってフライトし、安全にランディングすることができました。この様子は全てビデオで撮影されていて、一部始終を振り返ることが可能です。約10qのバッククロカンは事なきを得て笑い話に終わりました。高高度では対地速度を把握しずらいこと、一度強風下に入ってしまえば何をしようとバックしてしまうという現実が大きな教訓になりました。さらに上昇風を伴う強風ほど厄介なものはないということです。
 地形的な制約の中でどんな降下手段も使用できない状況も考えられます。私自身の経験の中でも、後方にそびえる高圧線を避けるために敢えて山裏のローターを選ばざる得なかった例がありました。当時はアクセルが無い時代でしたが、この経験から得られた教訓は「どの段階で予測できたか」と言うことです。離陸前か離陸後か、離陸後ならどの時点だったのか。私にとってその後のパラグライダースクールの運営やフライトの安全を考える上で貴重な経験になったことは言うまでもありません。