地形とフライト(情報源としての地形)

今回は細かい実践的なテクニックを離れて、「地形とフライト」という中で情報源としての地形について考えて行きます。ご存知の通り、地形と風には密接な関係があります。地形を知ることで、風の発生やその影響を予測することも可能になります。より楽しく飛ぶための知識だけでなく、変わり行く状況の予測や準備をすることで、フライトの安全マージンをより高くとることができるでしょう。それでは風や多くの影響を与える地形についての話を進めます。これを読んで更に一歩、賢いフライヤーに変身しましょう。

地形と風
 風は地球にとって多くの意味を持つています。仮に風が吹かなければ、地球上の温度は平均化されず、温度差が激しい生存環境の厳しい惑星になっていたことでしょう。太陽熱と地球の自転により発生する大気の移動により、地球環境は保たれていますが、時として強すぎる空気の流れは、地形との関係の中で大きな災害をもたらします。また小さな周辺の環境を考えてみても、私たちの生活とは切り離せない関係があります。

大規模な風の流れ
 地球上では、いろいろな要素で風の流れが作り出されています。その基本になるのは、先でも述べた地球の自転により作り出される風の流れです。日本付近では偏西風と呼ばれる西風が上空を支配し、高度が下がるに従い気圧差や温度差の影響で複雑な流れになって行くのです。この辺りの気圧配置などの情報を天気予報でチェックし、フライトのコンディションを予測しては一喜一憂しているのが我々フライヤーなのです。経験が豊富なパイロットならば、この情報に目指すエリアと周辺の地形的な要素を加えて予測していることは言うまでもありません。

気圧と温度
 気圧差が作り出す風の流れは、気圧の高い方から低い方へ流れ込むことにより生まれます。特に台風などの熱帯性低気圧は、非常に低い気圧のため周囲の大気とイコールになりたいがため猛烈な勢いで大気を引きずり込み、その風の影響により大きな被害がでることはよく知られています。
 温度差による風の発生は、サーマルと呼ばれる熱上昇風の発生などで知られているように第3の要素となり風を作り出すことも体感していることでしょう。サーマルに関しては、以前にも書いていますので、ここでは詳しく書くことは割愛します。そしてこれらの要素、つまり地球の自転や気圧差・温度差などの要素により複雑に作り出された空気の流れ=風との確認の上で更に話を進めます。

地形と局地風
 もしパラグライダーが数百数千キロの単位で常に飛行している旅客機のような性質の物ならば、かなり大雑把なデータの中でフライトの安全性を確保することが可能です。残念ながらパラグライダーは、複雑に入り組んだ僅か数km範囲の限られた空域でフライトしていることは周知の事実です。私たちが飛行している環境を把握することは、微気象学というかなりマクロな気象や気流の変化について理解しなければなりません。その為にまず大規模な空気の流れを把握し、その上で限られた空域の中の地形が作り出す局地風を理解すること。そして起りうる変化に対し準備・対処することがパラグライダーを安全に楽しむために必要なのです。

地形とは何か
 地形とは複雑に入り組んだ地球のしわと言えるでしょう。一般的には海面から上だけを考えがちですが、海面下に隠れた地形を含めて考えれば地球はかなり複雑な地形を持っていると言えます。海底にも山や谷があり、そのスケールは地表面のスケールをはるかに越えています。単純な高低差を考えれば最も高い山は、ハワイ島のマウナケアになります。そして地表面の地形=しわは、数億年単位で起こったプレートテクトニックと呼ばれる大陸移動の結果生まれ、それは依然として変化を続けています。こうして火山活動や水、氷、そして風などのあらゆる気象環境が作り出した結果の中で、私たちは現在生活しているのです。フライトエリアの地形も自然が作り出した造形物であり、人間が地面を削り木を切り倒し、ランディングやテイクオフを確保し整備しているのです。
 人間の文明はこの自然環境を利用しあらゆる分野で効果を上げてきました。農業・工業など全ての基幹産業はこの環境を利用することから始まり、趣味やリクリェーションの分野でも有功に活かされています。近頃は室内スキー場などに代表される人工的環境でのレクリエーションなどのバリエーションも考えられますが、パラグライダーこそがあるがままの自然を堪能できる最高のスポーツだと言えるでしょう。

地形と恐怖心
 地形が複雑であればあるほど、その中で発生する風は飛行に適さない風となり、恐怖心さえ持つことがあります。恐怖心とは想像力であり、この想像力が恐怖心の源になっているのです。経験を多く積んだパイロットほど、その地形を見て起りうる状況を予測する能力に優れています。その恐怖からの回避が翼端折りだったり、スパイラル降下であるのです。反面経験を持たないパイロットには、状況の予測ができず、そこから起る恐怖を感じられないばかりか、みすみすその状況を受け入れてしまいます。
 そして恐怖を増長する要素として、得体の知れない物、正体の分からない物への恐怖も1つの要素と言えるでしょう。恐怖心を取り除くためにも、風と地形が生み出す状況や危険を正しく理解することが重要です。さらにその正しい理解は、一日のフライトコンディションを予測する能力や避ける能力をも育てることになるのです。

地形が作る風の流れ
 風の流れは目視できないので、非常に厄介です。水の流れであれば、例えば大きな波として形として現れます。当然それから起こり得る危険を予想することは容易です。それでも敢えて挑戦する無謀なサーファーは、台風通過のたびにテレビや新聞を賑わします。私たちはパラグライダー界のためにも無謀なフラーヤーを育ててはいけません。
 話を元に戻して、基本的に風は地表近くでは地形に沿って流れます。風と水は流体としてはかなり近い動きをするので、川を流れる水を風に置き換えイメージすれば、かなりビジュアル的に理解できるでしょう。川は下流に流ますが、川底では必ずしも同じ方向にまっすぐ流れてはいません。同様に本流が南風という予報でも、全ての風が南に吹くとは限りません。大気中なら地表近くに発生する雲などを観察することで大気の流れを読みとることができるのです。
 風の流れは水と同様、地形に沿って流れます。例えば、山の斜面に当たった風はその地形に添って斜面をかけ上がり、その山の後側にローターと呼ばれる乱流を発生させます。さらに山と山の合間や山の切れ間には、吹き抜けと呼ばれる風が集束し、風速が急激に上昇するポイントを作ります。山の中腹からテイクオフをするパラグライダーにとって、常に地形と風の影響を受けるため、その現状に対して予測をしながらフライトを行わなければなりません。

リッジソアリングの注意点
 リッジソアリングとは、斜面風を利用したソアリングです。ここでは、高度を維持・上昇させることをソアリングと定義します。この条件に当てはめるためには、斜面風が作り出す上昇成分が、飛行中のグライダーの沈下速度を上回っていることが条件となります。もちろんポーラカーブで考え、最小沈下速度でフライトする技術を理解することも、ソアリングを行うための必要な知識であることは言うまでもありません。数値を上げて見れば図1のようになります。
 リッジソアリングで注意しなければならないことは、山頂を越えて上昇成分が減少し、地形的に吹き抜けになっている場所で起こる危険についての可能性です。不用意にリッジソアリングを続けると、高度は獲得したものの後退してローターの待ちうける山裏へ飛ばされたり、後方へフライトすることで正規のランディングの戻れなくなるなどの状況は大きな危険を伴います。これはサーマルソアリング中にも起ります。サーマル自身が風の影響を受けるためセンタリングの結果、山の後方へフライトをすることになり、戻ろうと判断した時に戻れない、戻りづらいといった結果に陥ることがあり、この危険性について特に初心者は警戒が必要です。

地形的な吹き抜け
 吹き抜けとは前述したように、地形的条件により上昇成分が少ない場所を言い、極端な風速の上昇も予想できます。事前にその状況が分かっていれば近づくパイロットはいないでしょう。自動車の運転中、道路が凍結していたり、濡れていたりといった条件に遭遇した時に、予想していたかどうかでドライバーの対応は大きく違ってくるでしょう。さらにそれが見えていたか、予測していたか、不意だったかで異なる結果を生むことになるのです。十分な経験があるパイロットならば、目で見ることで、大方の予測が立てられますが、初心者にはそれを望むことはできません。
 初心者に限らずあらゆるパイロットにとって、リスクを回避するために理論から理解することは大切です。フライト中にその状況の実験を行うのではなく、空中で行うスポーツであるからこそ、当たって砕けろ的な学習方法は避けましょう。理論的に順序だった方法で理解することが安全な上達の早道です。

エリア内フライト
 一般的なフライヤーならば、インストラクターやエリア管理者の監視下でフライトをすることになります。この場合エリアの地形的特徴や、風速・風向といった基本情報が豊富に揃った中でのフライトになります。しかし、初めてのエリアや地形的に不慣れのエリアでのフライトとなると、経験が少なければ少ない程、何らかのミスを犯す確率が高くなることに驚かされます。これはある意味、当然のことなのかも知れません。
 まず大きな間違いは、自分の慣れているエリアと同じフライトを行っていることです。自分のホームエリアを基準にフライトすることは悪いことではありません。しかし基準というのは、データとしての参考であり、同じことをするということではありません。具体的な例を挙げれば、ランディングにショートしたパイロットは口を揃えて「いつもはあの高さで届く」と言います。その時の地形や風が全て共通であれば参考にはできるでしょうが・・・ 私たちは常に経験を参考に自分の行動のパターンを作りあげます。しかし応用力に関してはかなりの個人差があることを全員が理解しなければならないようです。ただ漠然とフライトすることで経験を増やすだけでなく、「なぜなのか」「なぜそうするのか」を常に考えて行動することで応用力は確実に身に付いて行きます。

バレーウインド
氷河より数万年単位で浸食されたアルプス周辺の谷は、非常に特徴的な地形を持っています。テイクオフ周辺では絶好のソアリングコンディションで楽しんだ後、高度を下げるに連れ風が強くなり、ランディングでは強風になる場合があります。これがバレーウインドです。バレーウインドはV字の谷の地形が作り出します。V字谷の上空と下空に同じ速度で風が吹いていれば、幅が狭い地表近くの風が強くなることは容易に予想できるでしょう。もしソアリングできるほどテイクオフ周辺で風が発生しているのであれば、バレーウインドは100%ランディングでは発生しているといって良いでしょう。特にサーマルを伴なわない曇りの状況下でのリッジソアリングは十分な注意が必要です。また風速がフライト中に強くなりランディングに降りることが不可能となり、安全のためトップランをしなければならない状況も何度かヨーロッパで体験したことがあります。また、積雲がある状況で雷が鳴り出すまでフライトすることが何度かありました。(もちろん10数キロ離れていることを確認してフライトをしています。)その雲は降雨と同時に、冷たい空気も地上に向け吹き降ろされてきました。これは小規模のダウンバーストといえます。吸い上げや雨などに注意は十分していたものの、急激な風速の変化に十分な用意をしていなかったため大いに慌てた経験があります。
 V字谷地形のランディングを持つエリアは、日本国内に殆どありません。日本人パイロットにとっては馴染みの薄い状況なのですが、テイクオフした斜面に対して90度のサイドのフラットな地形に降りるランディングではバレーウインドに似た状況が起ります。もちろん急激な風速や風向の変化に対しては、どのエリアでも発生する当然の現象として考えておくべきです。早めの判断、翼端折り・アクセレーターを併用した高度処理など迅速確実に行うための準備は欠かせません。

空中での対気速度の把握
 地形的な要素を空中から確認できたとしても、その状況下の風速というデータがなければ予測を立てることは困難です。対地高度が高い程、対地速度を利用した対気速度の判断は困難になり、GPSでもない限り正確に把握すことは不可能です。体感する風は、空中での風速とは全く関係なく一定です。これが判断を遅らせる原因なのです。ランディングに降りた瞬間に「こんなに風が強いとは思わなかった。」という言葉を口にします。
 果たして空中で確認することはできないのでしょうか。1人でフライトをしている時は別として他のグライダーの動きや地上にある物で風に影響を受ける全ての物を観察することで状況を把握しプランを立てることは、さほど難しいことではないでしょう。観察力が危険から身を守る手段なのです。

ウインドグラジェント
 地表近くの風は障害物などの影響を受けるため上空の風に比べると弱く、障害物のない上空に行くに従い一定になる状況をウインドグラジェントといいます。まさに地形の影響を受ける風です。風速が変わっても常にウインドグラジェントは存在します。上空で止まってしまうほど風が強くても、高度を下げるに連れ風速が弱くなり、場合によっては思いのほか延びてしまう場合もありますのでランディングには注意が必要です。
 さらにランディング間際では地上の障害物が作りだす乱流と、ウインドグラジェントの双方の作用で地上間際でピッチングを起こす例もあり十分な注意が必要です。この地表付近のピッチングは対処が遅れると大きな事故にも繋がりかねません。その現象が認められても認められなくても常に準備しておくことが大切です。少なくとも、予想していたか否かで、その結果に大きな差が生じることになります。

サーマル
 サーマルは地面の熱吸収率や温度差により発生します。地形の要素をもっとも受けているといっても良いでしょう。例えば熱吸収を考えるのであれば、常に90°近くで太陽と交わる地形の熱吸収が良く、地形が作り出す表面の状態、例えば岩場や斜面の状態がサーマルを発生させる要素になります。サーマルの発生には、地形と綿密な関係があることを知り、それらを観察することでより多くの情報を得ることが可能です。

上空と地形
 テイクオフから高度を上げトップアウトし、そこから1000mも上げれば基本的には地形から受ける影響は少なくなると考えられています。確かに山間をフライトする時より格段にその影響力を体感することは少なくなります。そこからサーマルを乗り継ぎ山々の山頂を次々に通り過ぎるフライトはまさに究極の楽しみと言えます。
 しかし高所ならではの風の流れには注意が必要です。例えばウエーブ(山にあたった風がその後も波動し続ける現象)はかなりの高度まで影響を与えることが知られています。風の強い時にできるレンズ雲を観察するとウエーブがかなり高所で遠くまで影響を及ぼすことが確認できます。特にヨーロッパなどの3000〜4000m近い山々をフライトする時には大なり小なりこのウエーブを体感することになります。
 また発生している雲でさえ地形の影響から発生しているのですから、高所をフライトしていても地形との関係を全く切リ捨てることはできません。フライトと地形は密接な関係を持つているのです。

最後に
 自然環境の中で、その現象を利用して楽しむスカイスポーツ。その中でもパラグライダーは究極のアウトドアスポーツと言えるでしょう。フライトを行う時は常にフライヤーとして、その環境を使わせてもらっているだけという謙虚な気持ちが大切です。パラグライダーフライトの安全性の多くは外的要因によって支配されています。もちろん経験を積み、技術を習得することで安全性を向上させることは大切なことです。
 多くの賢明なパイロットは、「風に頼っている」現実を認知しているはずです。しかしどれだけ風について正しい知識を持っているかは疑問が残るところです。今回の特集を通じ多くのパイロットが地形と風の関係について考え、その中からフライトの安全性について考慮して頂けるなら、1件でも事故は少なくなると私は確信しています。あなたが一度テイクオフすれば、風と地形の密接な関係の中で、時には喜び時には失望し、スカイスポーツの醍醐味を享受するのです。スカイスポーツは「地形をスポーツする」ことなのです。